映画「ノーカントリー」
正直見終わった瞬間は「???」というかんじ。特にオチの部分はいまだに理解できねー。そういえばコーエン兄弟の作品はこういうことが多い。でも2回目、3回目とかに見たときにだんだんと好きになったりもする。不思議な監督だ。
わかんなかったけど見終わったあともずっと気になってる。あのシーンは、このシーンは、と。で思ったことをメモがわりに書いておこう。次に見たときに何か気づくことがあるかもしれない。
保安官エド(トミー・リー・ジョーンズ)は親の代から保安官。奥さんとも仲良ろし。堅実に生きているけど、近頃の犯罪は理解を超えてると嘆いてる。
シガーは純粋な悪の存在。このまえ見たダークナイトのジョーカーとおんなじでワケもなく殺しまくる。だいたい何者かもわかんない。誰に雇われてるわけでもないし、何の目的もないし。どこから来てどこへ行くのかもまーったく謎。保安官が理解できないものの象徴的なもので、引退を決意させる。
モスの奥さんはどうなったのか。殺されたのか殺されなかったのか。シガーはコインの表裏で殺すかどうか決めるといった。でも奥さんは「殺すかどうかはあなたが決めること」と言って表か裏を言わなかった。言わなかったから生き残ったという解釈もあるだろうし、けっきょく殺したとも考えられる。見た人の判断にゆだねられてるのかもしれない。どこかに救いというか望みを持ちたいときは前者の解釈をするだろうし、残酷な現実を考えるなら後者になるかも。見た人の思ったストーリーでいいということか。
モス(ジョシュ・ブローリン)はケガしてぼろぼろのとき、通りがかった少年に金を払ってシャツをもらった。殺し屋シガーは車ぶつけられて大けがしてるときにやっぱり少年に金払ってシャツをもらった。
「骨が出てるよ」というセリフを少年は3回も言ったのがなんとなくおもしろかった。コーエンっぽいっていうか。
モスはさんざん逃げたり戦ったりしてがんばっていたのに、最後はあまりにもあっさりとやられてた。無情というか、人間がんばったら少しは報われますよ、という甘っちょろいストーリーでないところがすごい。けっきょく金も失い自分の命も家族の命も守れなかった。
シガーの悪はそりゃもうスーパーな存在なので、そこまでの強力な悪の力があった場合はそれはどうしようもないですよ、というややあきらめもあるのかもしれない。天災とかそういうものと同じで、もうどうあがいてもだめなときはだめなんです、と。
最後のエドの夢の話はどう解釈するか。父親の通った道を通っていってるだけだ、とむなしく語ってた。父親も自分たちが若いときにはやはり若者の気持ちが理解できず、社会の変化にもついていけず死んでいった。自分もその年になりいまのこの世界には居場所がないってことなのかな。だとしたら実に悲しい。
Similar Posts
- None Found
